こんばんは!
先週?ついに。。
山食のカレーが届きました!!
。。って言ってもこの【山食】。年末くらい?にクラウドファンディングで初めて知ったんです。
もう支援募集は終わってしまっているので内容をコピペしますね。
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みなさんこんにちは。
山食代表 谷村忠雄と申します。
今回のコロナウイルス感染拡大により大学の授業がオンラインとなり、塾生も大半がキャンパスに戻ってきていません。
つきましては、山食の経営を立て直すため、お力添えをいただきたく初めてこのプロジェクトを立ち上げました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
薄利多売の山食ですので、塾生が一日も早く
キャンパスに戻れますよう祈ります。
山食の状況
まず、山食の経営状況についてお伝えします。
今年の新型コロナウイルスの影響を受けて、売上は昨年比80%ほど減少しています。
経営を続けるために山食は銀行からの借入を行いました。
ただし、今の状態が続けばその資金も半年以内にショートします。
これ以上の借入も、難しいという状況です。
本来なら、みなさんにこんな経営状況を堂々と言うことなどできません。
しかし、もう、みなさんのお力を借りるしか手段がありません。
一つ一つの利益が少ない代わりにできる限り安い値段で、たくさんの方に食べてもらう。
というのが、山食のやり方です。
コロナ禍では、それが叶いません。
また例年であれば1カ月に5,6件、1年に60~70件のパーティーがありました。
コロナ禍では、それも叶いません。
今では0件です。
山食は「歴史と伝統 手作りの店」
現在は代表を含め、従業員が10人います。
1人も解雇することなく、どうにかして持ちこたえたいと思っています。
「これまでの83年間が、途絶えてしまうのは寂しい」
という思いのもとで、山食を存続させるためにこの度のクラウドファンディングを始めることにしました。
山食の歴史
歴史を振り返りますと、山食は昭和12年(1937)に三田の山に誕生しました。
第二次世界大戦も経験しました。
私は昭和14年(1939)に生まれ、昭和30年(1955)の集団就職の際、16歳で山食に入社しました。
集団就職だった当時、若いメンバーが15,6人いました。
しかし、転職や退職によってその中で最後まで残ったのは私だけでした。
現在、私は3代目の代表です。
初代と2代目の代表を務めたのは、ご夫婦でした。
初代が夫、2代目が奥さんです。
2人には子どもがおらず、初代代表が亡くなってから後継ぎを誰にするかという話になりました。
そして、初代代表の「谷村。後を継いでほしい」という遺言書をもとにして、
平成2年(1990)に私が3代目となりました。
私は、今年で山食勤続65年になります。
その間、体育会の山中湖の山荘にも出張しました。
ラグビー部、アメリカンフットボール部、サッカー部、自転車部など体育会各部の合宿の食事を平成15年(2003)まで49年間作り、夏は山中湖で過ごすという日々でした。
大変でしたが、懐かしい思い出です。
そんなこともあって、平成21年(2009)には特選塾員に推薦していただきました。
支援金額の使い道
山食は私で3代目ですが、4代、5代と続けていくには今が正念場です。
何としても存続したいとの強い思いが、今回のご支援のお願いとなりました。
ご支援の資金の使い道は、返礼品の発送料・手数料を差し引き、
残りの全額を山食存続のための運転資金に充てさせていただきます。
山食は「歴史と伝統」を守りながら塾生にとって「第二の家庭」でありたいと思っております。
そして大盛でも、超大盛でも。
野菜増しでも。メニューに無いものでも。
塾生のわがままに
できる限り応えていきたいと思っております。
最後に…
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます。
これからも塾生やOB・OGのみなさんをはじめ、多くの方から愛される山食を目指し存続させていきたいと思います。
どうか応援のほど、よろしくお願い申し上げます。
山食代表 谷村忠雄
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コロナ禍になってから数回クラウドファンディングで支援しました。。少しでも応援できることはないか。。?って強く考える様になった。
でも思い返せばコロナ関係なくぼくも色んな人達に応援されてたんですよね。
やっぱり。。何かしら貢献できる人間になりたいな(^^)
さ、明日もグイグイいきましょ!!
ではー!
セライロ 北元