氣をもらう人と奪う人
こんにちは(^^)
会社を経営していると、数字よりも先に感じるものがある。
それは「氣」だ。
スピっぽく思う人もいるかもしれないが、飲み会の帰りにになぜかめちゃくちゃ前向きになっている日がある。逆に何も大きな問題は起きていないのに、フルマラソン走ったのかってくらい疲れている日もある。
その日の事象だけなく、場を共有した人から受け取る空気の差は大きい。
世の中にはぶっちゃけ、氣をもらう人と、氣を奪う人がいると僕は思っている。
先に補足をしておくが、氣をもらう人は必ずしも豪快ではない。テンションが高いわけでも、派手な実績があるわけでもない。
でもその人と話すとなんとも言えない熱い感情が込み上げる。「よし、やろう」と思えている自分がいる。
その人に支援されると自分の可能性を信じたくなるし、その人に相談すると挑戦を肯定してくれる。振り返ればその人がいつだって場の温度を1度上げている。
一方で、残念ながら氣を奪う人もいる。
口では正しいことを言う。論理も通っている。でも、なぜか決まって場が重くなる。
奪う人は挑戦よりもリスクを話し、可能性よりも過去の失敗を伝え、希望よりも不満を語る。
本人に悪気はないんだと思う。むしろ真面目で、現実的で、責任感が強いことも多い。人の事を心底心配しているのだと思う。でも。。
だからこそ厄介だ。
灯台下暗しとはよく言ったもので、氣を奪う人は遠くにいるとは限らない。むしろ意外と近くにいたりもする。
先輩の中にも、友人の中にも、時には家族の中にもいる。
そして一番怖いのは。。自身も含め、自分が奪う側になっていると自覚がない時だ。
疲れているとき。自信を失っているとき。誰かの成功を素直に喜べないとき。その瞬間、人は無意識に他人の氣を吸い始める。
近くにいる5人の平均年収は同じになるという「つるみの法則」はジンクスでもなんでもなくてただただ真理なんだと気づく。
前向きな人の近くにいれば、自分も前を向く。
愚痴が多い環境にいれば、自分も愚痴が増える。
挑戦する仲間と共にいれば、自分も挑戦が当たり前になる。
環境のせいにするなと言いながらも、人は想像以上に環境に左右される生き物だなと自戒を込めてつくづく感じる。だからこそそんな環境に近寄らない勇気も必要だと思う。
人は変えられないが僕の基本方針。奪う人を変えようとしなくていい。正そうとしなくていい。シンプルに上手いこと距離を置けばいい。
その代わりって言っちゃなんだけど、自分は氣を与える人でありたい。
どちらかというと目に見えないモノ。。言葉、姿勢、態度、解釈。そんな心で感じるモノで良い影響を与える存在でいたい。
誰かが挑戦するときに「いいね!」と言えるか。
誰かが失敗したときに「次いこう!」と言えるか。
誰かの成功を心から祝福できるか。
組織も家庭も友人関係も、結局最後は氣の循環でできている。
奪い合う環境は静かに痩せていき、与え合う環境は自然と太くなる。
どんな人とつるみ、どんな言葉を使い、どんな解釈を選んでいくか。その積み重ねが、人生の密度を決めるんじゃないかなって。
僕は氣を与える人でありたいし、それでいて氣をもらう人でもありたい。
それなりに遠回りしている人生。だからこそ願わくば、誰かの背中を少しだけ押せる人でいたいものです(^^)
では!
セライロ 北元

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